新卒で外資やベンチャーに入るのはお薦めしない

私の会社にいる学生インターンは、東大・早稲田・慶応などの理工系の学部生・大学院生が中心だが、みなとても優秀で、就職難と言われる中、数社から内定をもらう。このため学生からは「どこを選べばよいか」という相談をよく受ける。



私は、最初の会社がどこであっても、その後の何十年というキャリアには、大したプラスもマイナスも考えているので、そういう意味では、本人が面白そうだと思える会社なら、どこでも入ってみれば良いと思っている。学生にも、聞かれればそう答えている。

ただ、同時に、もし選択肢があるのなら、外資系企業やベンチャー企業は避けた方が良いともアドバイスしている。その理由はただ一つ。いわゆる日本のトラディショナルな企業に比べて、社会人としての「基礎訓練」を受けられるチャンスが限定されるからだ。

ここで言う「基礎訓練」とは、社会人としての立ち振る舞いやマナーを身につけるためのものだ。たとえば、言葉遣い。最近、私のところに営業に来る若い人には、人の話を聞きながら「なるほど、なるほど〜」という合いの手を頻繁に入れる人が少なくない。これがどんなに失礼に聞こえるか、多分、本人は全く分かってない。

また次のステップとして、「上司を連れてくるので会って欲しい。」ということを言うのに『上長にお会いして頂きたい。』という表現を使う人も多い。これじゃ、威張ってるんだか、へりくだってるんだか、全く分からない。

前のエントリーで書いた通り、トラディショナルな日本企業には、組織的にも制度的にも色々と問題はある。だが、こうした企業には、やはり一定レベルの教育を受け、そして相応の経験を積んだ大人達がたくさん集まっている。もちろん、中にはどうしようも輩もいるが、それでも、尊敬すべき「先輩」に会える確率は高い。

こういう会社で、もし上司と一緒に客先を訪問して、先のような言葉遣いをしたら、「お前、いったい学校でなに習ってきた?」と、喝を入れられるだろう。そうやって、クソの役にも立たない学生が、まがりなりにも、ビジネスをして、お金を頂けるように鍛えられていくのだ。

だが、新卒で外資やベンチャー企業に入ってしまうと、どうしても、こういう「基礎訓練」チャンスは減ってしまう。

まず外資の場合、人事部というのは、採用や福利厚生のプロセスや制度作りをサポートする裏方であり人事権と予算は部門長が掌握しているケースが多い。つまり、採用した人材は、「会社」のものではなく、「部門」のものなのである。また、外資の場合、数年間経験を積んだら、他社に転職してキャリアアップを狙うことも常態化しているため「こいつを一人前の大人にしてやろう。」という考え方も希薄である。

一方、日本企業の場合、ベンチャーであっても、存外、人事部がリードして、中長期的な教育研修を行うなど、制度的にはトラディショナルな日本企業を模倣しているケースは多い。だが、ベンチャーの場合、決定的な問題は、見習うべき「先輩」が決定的に少ないことだ。

以前、あるネット系ベンチャー企業の方と会食をしていた時に、「ウチは34歳が最年長ですから。」といわれて、思わず「平均年齢ですか?」と聞き返してしまった。もちろん、技術ベンチャーの創業者が若いプログラマーであっても良い。経営陣が若くて未熟であっても、ビジネスモデルが秀逸なら、会社は成功することもあるだろう。

頑張れば、(そして運が良ければ)数年後に莫大なストックオプションをもらえる可能性があることを期待して、「勤め人」としてベンチャーするのも一つの選択肢だ。

だが、もし、世間並みの「給与」をもらって働くことが前提なら、できるなら、きちんと後輩を教育できる先輩について、雑巾がけから始めた方が、遙かに得るものは多い。ベンチャーしたいなら、きちんとした「基礎訓練」を受けた後から、起業をしたって遅くない。

就職留年は増えて、転職は増えない理由

総務省の労働力調査によると、就業者のうち、過去1年以内に転職を経験した人の割合は5.1%だそうだ。 仮に、全てのサラリーマンが転職するとしたら、20年に1度、つまり生涯のキャリアを通して、1回から2回転職する、というのが「平均像」ということになる。



しかし、実際には、私のように、10年間、日本の銀行に勤めた後、起業するまでに、4つの外資系企業を渡り歩くような人間もいるということを考えると、日本は、まだまだ特別な事情がない限り、転職はしないのが普通な社会、と言ってよいだろう。

実際、総務省の調査資料を見ると、45歳を超えて転職した人のうち、半数以上、55歳以上では、実に75%の人が、転職によって給与が減ったと回答している。つまり、日本における転職の多くは、リストラなどによる「非自発的転職」であり、地位や給与をあげていくことを目的とした「キャリアアップ型」の転職が主流とはいえない。

なぜか。一番大きな理由は、多くの日本企業が、いまだに、終身雇用と年功序列を前提とした給与体系を採用しているためだ。

多くの日本の企業では、年功序列を前提に、基本的には、同じような年齢の社員が同じような地位・役職に就く。このため、同じような地位や役職にある社員に、同じような給与が支払われるようにするためには、社員が毎年新卒で入社して、横一線でスタートを切ってくれないと都合が悪い。

就職が決まらなかった学生が、卒業できる単位を取っているのに、わざわざ余計な学費を払って「就職留年」を選択し、「新卒」を装わねばならない理由もここにある。

最近になって、一部の大企業は「卒業後3年までは新卒扱」とすることを発表し始めているようだが、これも「3年程度の年齢差であれば、給与や地位の逆転が起きても組織としては受入可能」という、あくまでも従来のシステムに基づく価値観に則った判断であり、本質は何も変わっていない。

まして、転職者を中途採用するなど「年齢と給与のバランス」というこれまでの秩序を考えたら、とんでもない話だ。次は部長、役員、そして社長と、臥薪嘗胆で上司や会社の理不尽な要求にも堪え忍んできたのに、どこの馬の骨ともわからないヤツが中途で入ってきて、突然、自分の上司になるなどということは許せない。

だから、新卒採用という制度維持し、中途採用を排除するということは、社長からヒラ社員まで、全てのサラリーマンの利益にかなう、という訳だ。

就職活動中の学生諸君も、「実力主義」だの「適材適所」といったメッセージを声高に叫んでいる企業については、制度面でも、本当に実力ある人間を受け入れようとしているか、という観点で検証してみるとよいだろう。

実際、私も、一時期、日本企業への転職を試みたことがある。だが、話が具体的に進むにつれて、必ず問題になるのは、「給与」ではなく「職位」の方だった。私が希望する給与を払うことは可能だが、それをしようとすると「年齢 x 職位」のマトリックスからはみ出してしまう。

なので、契約社員や嘱託といった形での雇用や、あるいは「XXX室付」といった曖昧なポジションが呈示されることになる。つまり、

我々の「上司」になるための苦行や儀式を経ていないキミには、「お客さん」で居てもらわないと困る

というメッセージだ。

このため、日本でキャリアアップのために転職しようとすると、どうしても外資系企業が中心になってしまう訳だが、今度は「英語」というハードルもあり、日本に進出する外資系企業は、常に「人材難」に悩まされることになる。この話は、また別の機会に。

【読書メモ】成熟期のウェブ戦略(野尻哲也)

この本の特徴(「特長」でもある)は、、例えるなら、和洋中からデザート・コーヒーまで、一通りのメニューが、そこそこの味と値段で食べられてまうような便利さ、お得感といったところではないだろうか。

ともかく扱っている題材が幅広い。いま話題のソーシャルメディアや電子書籍はもちろんのこと、検索エンジン・携帯電話といったネットインフラやサービスの話から、フリー・ガラパゴス・プラットフォーム・ライフログといった用語解説まで、ネットやウェブのことを一通り「押さえておきたい」という人には、うってつけの本かもしれない。

今から5年ほど前にベストセラーとなった梅田望夫氏の『ウェブ進化論(ちくま新書)』は、「ウェブやネットビジネスに詳しくない上司に、ネットの価値や重要性を理解してもらうために読ませたい本」などと評されるころもあったが、本書は「今さらウェブやネットに詳しくないとは言えなくなってしまった上司が、部下の前で恥をかかないよう、こっそり読んでおきたい本」といったところだろうか。

それにしても、これだけ多くのネタが、「....といえば」という連想ゲームよろしく、次から次に登場するので、面食らって、ついて来られない読者も出てきそうな感じもするが、楽天・DeNAやゾゾタウン、さらにはZapposやZyngaなど、メディアなどで話題になっている国内外の企業の事例が「接着剤」のような働きをしているせいか、それほど、違和感や唐突感は感じない。

また、これは著者がコンサルティング業界出身のためだと思うが、様々なサービスや概念を、縦横2軸のマトリクス上に配置してみせることで、その位置付けや戦略の違いを、できるだけ単純化し、かつビジュアル的に理解させようという試みも多用されている。

ただ、こうした「分かり易く」するための工夫によって、話が単純化・細分化され過ぎてしまい、その結果、部分的には納得できるのだが、全体でみると少々つじつまが合わない、と感ずる部分もある。

例えば、ウェブビジネスに関する収益モデルの説明で、楽天の強みは、ECから金融まで、様々なサービスを「横展開」していることにあるのに対し、ソフトバンクは最大の資産であるYahoo! JAPANを中心に、川上のブロードバンド〜川下の携帯電話までを垂直に「縦展開」したことにある、と説明している。

ところが、日本でGoogleがYahoo!に勝てない理由の説明については、サービスの国際性と言語性という2軸で整理をしているため、敗因は「ローカライズの不足」にあると結論付けられている。しかし、これは私見になるが、日本におけるGoogleの敗因(=Yahoo!の勝因)は、筆者もまさに指摘している「垂直展開」により、Yahoo! BBでネットを使い始めた初心者・高齢者を、Yahoo! JAPANというポータルサイトに誘導できたことのように思うのだが。。。

とはいえ、こうした副作用は軽微なものであり、前半で採り上げた本書の特長を損なわせるようなレベルのものではない。

ただ、この本を読んで「分かった気」になった上司たちが、付け焼き刃の知識で、見当違いの戦略を立てたり、思いつきであれこれ指示を出して、現場にいる部下たちを困らせることがないか。これは大いに心配である。。。


仕事を中心に色々と考えてみる

大学を卒業し、仕事を始めてから、今年の春で、丸23年になる。

えっ?23年前って、おそろしく昔だよな。大学でアイスホッケーと麻雀に明け暮れていたあの頃が、もう23年も前なのか。生まれてから大学を出るまでと同じ年数、仕事をしていることになる。

大学を出て銀行に就職が決まった時、世の中はバブルの真っ盛りだった。いま、私の会社では、大学生・大学院生のインターンの諸君にも仕事を手伝ってもらっているが、彼らには申し訳ないほど、本当にいい加減な就職活動だった。

当時は「就職協定」なるものがあり、企業が学生と公式に接触し、内定を出せる「解禁日」(なんだかカニ漁のようだが)は大学4年の8月20日頃、と決められていた。だが、どうしてもアメリカに行ってみたかった私は、とりあえず渡米前に「内定」を確保しておこうと、6月頃に、就職協定に加わっていない外資系の金融機関をいくつか回った。

その頃、私の大学から、外資系の金融機関に新卒で応募する学生などいなかったため、殆どのところは、訪問したその場で「内々定」をくれた。おかげで、就職浪人になる心配もなくなった私は、意気揚々と初めてのアメリカに向かったものだ。

そして、2ヶ月半ほどアメリカを見て回り、「解禁日」の早朝に成田着の飛行機で帰国。すると、さっそくゼミ仲間から、明日、三井銀行がゼミ単位で説明会をやるので来ないかとの連絡があった。もっとも、洋行帰りですっかりアメリカンな気分になっていた私は、日本の会社に就職する気はさらさら無くなっていて、どちらかというと、ゼミ仲間に久しぶりに会いたいという気持ちから、説明会に参加した。

有り難いことに、三井銀行にいた大学の先輩方からは、一生懸命、誘って頂いたのだが、なかなか態度を決めかねていた私が、最終的に、この銀行に入っても良いかなと思ったキッカケは、(これまたいい加減で、恥ずかしいのだが)正直に白状すると

"Hello! This is Mitsui Bank"

と書かれた銀行のパンフレットだった。

すっかり「国際金融マン」の気分になった私は、売り手市場であることを良い事に、更に調子に乗って「MBA留学させてくれると約束するなら入っても良い。」などという条件を出してみたら「OK」という返事が。もはや断る理由も無くなり、内定を頂いていた外資系の金融機関の内定を辞退して、三井銀行に入ることになった。(そして、銀行は、約束通り、3年後に私をMBA留学に出してくれたのである。)

こうして、振り返ってみると、本当に恥ずかしくなるほど適当かつ無謀なキッカケといきさつを経て、私は23年前に社会に出たのである。

その後、私は10年間の銀行員生活の後、金融業界を離れ、いくつかの外資系企業でサラリーマン勤めを経験し、そして2006年からは、起業家の端くれとして、インターネットマーケティングに関するコンサルティング会社を経営している。

よく「銀行に入った時から起業するつもりだったのか?」などと聞かれたりするが、とんでもない。前述の経緯を読んでもらえれば分かる通り、「したたかな将来設計」などがあって銀行を就職先に選択した訳でもないし、MBA留学だって、本当にさせてもらえるとは思っていなかった。その時々に、それなりの思いや考え、希望や不安があって、就職や転職、そして起業をしてきた訳だが、だからといって、別に人生の到達ポイントから逆算して、全てを計算ずくで生きてきた訳じゃない。

だいたい、私が大学を卒業した時、携帯電話やインターネットなど誰も使っちゃいなかった。DOS/VとWIndow3.1の登場で、Windowsマシンが普及し始めるのは、私が会社に入って3年目のことである。そんな状態で、インターネットが飯の種になっている今日の姿など、予見できようはずもない。

にもかかわらず、銀行員での10年を含む、その後の会社勤めで学んだことの多くは、間違いなく、様々な形で、自分の糧となって、今日の自分を支えている。だから、私はインターン諸君に対しても、将来起業するにせよ、ベンチャー企業や外資系企業に転職するにせよ、まずは大きな組織の中で仕事をしてみることを強く薦めている。

こうした自分の経験を通して言えることは「この仕事や会社が、自分の将来にどうプラスになるか」などと考えてみたところで、大した意味はない。」ということである。23年前に比べて、世の中の変化するスピードは格段に早くなっているのだから、将来を予見することなど、益々、困難で、かつ意味が無くなっていると考えるべきだろう。そもそも、社会経験もない学生に「想像」できることなど、たかがしれている。思い上がってはいけない。

どんな会社に入るのか、どんな仕事をするのか、それが、将来の自分にどう訳に立つのかなどと考えよりも、まずは、騙されたと思って、入った会社や職場で、与えられた仕事を一生懸命やってみよう。その中で、自分には何ができるのか、自分はやりたいのかが見えてくる。

昨年末に読んだ内田樹さんの『街場のメディア論』という本がある。元々は、タイトルの通り「メディア論」を期待して買った本だが、この本は、著者が大学で行った講義を元に再構成された本ということもあり、実は、学生に対する「仕事論」を説くところからスタートしている。

その中で、著者はこのようなことを言っている。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

「でもね、いきなりで申し訳ないけれど、この『適正と転職』という発想そのものが実は最初の『ボタンの掛け違え』だと僕は思います。」

「与えられた条件のもとで再興のパフォーマンスを発揮するように、自分自身の潜在能力を選択的に開花させること。それがキャリア教育のめざす目標だと僕は考えています。」

「あなたの中に眠っているこれこれの能力を掘り起こして、開発して下さい、というふうに仕事のほうがリクエストしてくるんです。自分のほうから『私にはこれができます』とアピールするんじゃない」

「その能力が必要とされたときにはじめて潜在能力は発動する。」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

おそらく、一定年数、仕事をした経験のある人なら、どれもこれも、すーっと腹に落ちるだろうが、一方で、全く仕事をしたことのない学生諸君は「本当かいな?」と疑いの目で見るかもしれない。

もちろん、英語でも"Learn the hard way."という言い方があるように、まずは自分が思うがままに動いて、あちこち、壁にぶちあたりながら学んでいくのも、一つの選択肢なので、全てはat your own riskということで。(笑)



calendar
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>
selected entries
categories
archives
books
links
profile
search
others
mobile
qrcode