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頑張っているのに報われないのはなぜ?

サッカーやアイスホッケーなどの集団球技を経験した方なら分かると思うが、トップスピードで走っているフォワードの半歩くらい先に出された早いパスが通ると得点のチャンスは増す。
 
スルーパス

だが、このパスが成功するかどうかは、トップスピードで走っているフォワードが、さらに半歩、足を前に出して、このパスを受けることができるかどうかにかかっている。もちろん、このフォワードは既にトップスピードで走っている訳だから、体力的にはかなりキツイ。

「パスが遠い」「もう充分走った」と自分の判断を正当化して、終わらせることもできる。どちらを選択するかは、本人次第。もちろん、半歩足を前に出す選択をした方が、得点のチャンスは大きくなる。

これは仕事でも同じことだ。

だが、これまで一緒に仕事をしてきた多くの人たちを見ていると、面白いことに、諦めるという選択をした人も、自分では「充分に頑張った」と考えている人が多い。おそらく、パスが来た時点で、すでに充分に「キツイ」状態にある=「自分は充分に頑張った」と思わせるのだろう。

一方、監督やコーチ、あるいは上司・同僚といった客観的な立場から見ていれば、頑張って半歩を出した人とそうでない人の差は、ハッキリと分かるものだ。

だから、諦めるという選択をした人に限って、自分と他人の評価のズレがあると感じ、不平をもらすことが多い。「オレだって充分頑張っているのに、なぜアイツの方が評価されるんだ?」と。


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