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【読書メモ】キュレーションの時代(佐々木俊尚)

震災後、自宅の水も停まり「プチ被災」状態にあったこともあり、しばらくの間、ちゃんと本を読む気分にはなれなかったのだが、私の会社のアドバイザーにもなって頂いている佐々木俊尚さんの最新刊『キュレーションの時代』で読書を再開。(と、このブログを書き始めたら、突然「計画外」の停電が。。。)

本書のテーマでもある「キュレーター」というのは、簡単に言うと「目利き」のような人たちだ。

たとえば、美術の世界においては、誰の目にも触れることなく埋もれていた芸術的価値の高い作品を発掘して人々に紹介をしたり、あるいは、既に知られている芸術家の作品を、独自の視点やコンテキストに基づいて整理・収集することで、作家や作品に対して、新たな見方を提供する。そんな人たちのことだ。

佐々木さんは、本書の中で、インターネット上に溢れる膨大な情報の中から、自分に関係のある、あるいは興味・関心を持てそうな情報を入手するためのフィルタとなる人(あるいはツール)を「キュレーター」と呼んでいる。

インターネット上には(もちろんリアルの世界にも)、それぞれ独自の「視座」から情報やコンテンツを拾い上げたり、整理している人たちが沢山いる。その中から、興味をもった、あるいは共感できそうな「視座」を持った人を選ぶ(=本書では「チェックイン」という言い方をしている)ことで、そういう人たちが自分にとっての「キュレーター」になる、ということだ。

面白かったのは「ソーシャルメディアで好きな人とだけ繋がってたらタコツボ化するぞ」という、よくある批判への反論。

たとえばTwitterで誰かをフォローするということは、その人の「視座」でモノや情報を見てみようとすることだ。今なら、原子力や放射能の問題について発言している大学の先生などをフォローしている人も多いだろう。だが、この先生が、朝から晩まで原子力の話しかしないとは限らない。むしろ、時には、最近食べた料理の話や映画の話をすることもあるのが普通だ。

あるいは、原発について検索した時に見つけたブログのエントリー。それは間違いなく、原発に関連する内容のはずだが、そのブロガーがいつも原発のことばかり書いているとは限らない。そのブログをRSSで購読していくうちに、その人が良いと思った本や映画の話が出て来て、それに自分も興味を持つかもしれない。

こういう視座の「ズレ」こそが、セレンディピティ、即ち偶然の出会いや発見をもたらす、だから、タコツボ化なんて、起こらないという訳だ。

昨今、ソーシャルメディアが検索を代替するといったことを言う人が多いのだが、これも「タコツボ論」の延長線上にある議論といえるだろう。上述の通り、特定のブログエントリーを探すのに適しているのは検索エンジンであり、一方、そのブロガーをフォローすることで、新たな発見を得られるのがソーシャルメディアのもたらすメリットだからだ。

一方、佐々木さんは、検索連動型広告以後、インターネット広告における目立ったブレイクスルーがないという焦燥感が、「次はブログマーケティングだ」的な煽りにつながっていると指摘しており、この「脱検索」「これからはソーシャル」といった議論も、そういうコンテキストで読むと納得がいく。

なお、蛇足ながら、この脱検索論への反論については、私も会社のブログにちょっと意見を書いているので、ご興味のある方はこちらもどうぞ。

【コラム】それでも検索はなくならない(と思う)

ところで、本書の118ページに出てくる「検索連動型広告のビジネスをしていた友人」というのは、たぶん私のことじゃないかと思っているが、今度、佐々木さんに会ったら、聞いてみようと思う。そして、私の眼鏡も、すべて福井の田中眼鏡本舗であつらえたものだ、と付け加えておこう。

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